164 Moscow
「1つのことを極めて本当にうまくやるのが一番」。これは、あまり米国企業らしくもなく、大企業らしくもないGoogleの理念の1つだ。
いい上司とは、人格的な優劣の問題ではありません。組織の中で力を持ち、その力を、部下のために使ってくれる人です。だから、女性が本当に管理職としてやっていこうとするならば、嫌な相手にもニコニコするくらいの賢さは持たないと。男性たちは、わからずやの偉い人を説得するより、自分が偉くなった方が早いと知っています。だから、下にいるうちはじっと我慢して、早く決定権を持つポジションに就こうとするんです。これに対して女性は、地位が低いのに傍若無人にふるまい、わからない相手を議論でねじふせようとしてしまう。これでは議論に勝てても、最終的には損をします。若いうちは「元気がいいね」と大目に見てもらえますが、ある程度の地位まで行くと必ず、排除されてしまうからです。
中でも驚いたのは電車の猛烈な省エネぶり。回生ブレーキ(ブレーキをかけた時に発電する)の利用により、11両編成の山手線の電車、一周して電気代¥1400。

もう、時効だから言いますけど、10年くらい前に、PDAとか流行った時、「うちもM下らしいPDA(Personal Digital Assistant)を作ろう」という大号令が掛かり、コンセプトも決まらないまま。60人以上のエンジニアが投入され開発にGoが出ました。

「M下らしいPDAって何ですかね?」とエライ人に聞いても、「そりゃ、M下らしさを前面に押しだしたPDAだよ!」とか返されて、みんな黙ってしまいました。開発現場では「Sニーの●●のロゴをうちのに変えればいいんだよ!」とか冗談を言いながら、無駄なコードを書いてました。

開発が難航し、一年後、無駄な試作品をいくつか作って、日の目を見ないまま消えました。

失敗がなくては、成功も分からない。

大切なのは『3F』、つまりfail-fast forward。

失敗しても、すばやく立ち直ること。

前を向いたまま、失敗の原因を突き止め、また走り出せばいい

「一口十万円、無担保、無保証、無期限の塩による出世払い」という無茶な条件での出資を募ったところ、なんとたちまちに数百万の資金が集まり、無事会社は設立されたという。
日本バブル崩壊直後のアメリカ経済評論家談
「日本は、世界でもっとも優秀な労働者と、世界でもっとも無能な経営者によって、奇跡的な発展をなしえた。」
「もし、日本企業の経営者が優秀であったなら、他の後進国同様、警戒した先進国に早期に叩き潰されていただろう。」
「無能なトップを見て油断してたら、兵の優秀さに足をすくわれた。まさに太平洋戦争の時と同じである。」
「だが心配するなかれ。日本は必ず同じ末路を辿るだろう。無能とは、学ばないからこそ無能なのだ。」




(^ω^)順調に同じ末路辿ってます。
会社に所属するメリット
・会社の持つ信用を社外に対して使える
・会社の予算が使える
・凄い人が会社のコスト負担で身近にいる
・自分の専門分野以外は他にやってくれる人がいる


会社に所属するデメリット
・バカがいる
・バカが普通にいる
・バカが大手を振ってこの世の春を謳歌している
ロンドンの地下鉄や空港で、河野氏がデザインしたフォントは、今でも使われている。「いいものを作ることの問題点は、いったん作るとそれ以後仕事が来なくなること」と河野氏は笑う。

じょうひょう……あ、表彰状、タモリ殿。長らく『笑っていいとも!』の司会を務めてきたタモリさんに、私から表彰状を贈りたいと思います。ちなみにこの表彰状は、すべてゴーストライターが書いたものです。私とは一切、関係のないことをご了承ください。本日は、32年間続いた国民的長寿番組『笑っていいとも!』の最終回という晴れの日に、社会的人気映画監督であり、高額納税者タレントでもあり、さらに総理大臣にしたい男5年連続ナンバーワン、上司にしたい男3年連続ナンバーワンという、人気と実力を兼ね備えた超一流タレントである私を呼んでいただき、誠にありがとうございます。

 私は、『笑っていいとも!』で1983年2月、理屈ばっかり言っていた田中康夫が気に入らず、生放送中に乱入し、首を締め上げた。その結果、翌日のスポーツ新聞に「たけし、心身症」と書かれたことは、今となってはいい思い出です。

 いいとも青年隊を忘れるわけにはいきません。かつて女を騙し、金をせしめ、恐喝で訴えられたH賀研二さん、パチンコでマンションを買ったといばっていたK保田篤さん、未だ『世界(ふしぎ)発見』でしか姿を見ることのないN村真さん、いいとも青年隊卒業後、ホームレスになったK田健作さん、そしてまったく売れなかった、萩本欽一さんのところのあさりど、などなど、数々の一流タレントを輩出したことを忘れてはいけません。

 そして、なんといってもこの番組の名物コーナーであるテレホンショッキング、友達を紹介するという名のもと、いきなり電話をして、出演をお願いするという斬新な企画でありました。しかしながら、女優の矢田亜希子さんが、大竹しのぶさんを友達として紹介した時、思わず「はじめまして」と言ったその日、それを聞いた時、私はショックのあまり耳が聞こえなくなりました。そしてまた、得意の作曲活動を諦めなければいけない事態に陥ってしまいました。改めて芸能界というのは、ヤラセの世界だなあと痛感した次第でございます。

 そして、『笑っていいとも!』を語る上で、32年間の間、初めて新宿に来た田舎者を相手に何もやらず、間抜けな芸人に進行を任せてきたタモリさんに触れないわけにはいきません。かつてあなたは、ヘルスの呼び込み、オレオレ詐欺の出し子、パチンコ屋のサクラ、フィリピン人との偽装結婚の斡旋などを経て、芸能界に入り、イグアナの形態模写、四カ国語麻雀、意味不明なハナモゲラなどの卓越した芸で、一部の似非インテリの集団から熱狂的な支持を受け、あれよあれよという間に、国民的人気番組の司会者まで上りつめました。しかし、そんな『笑っていいとも!』も、今日をもって終わってしまうのかと思うと、私としては残念でありません。ただ明日からは、O倉智昭さんの『被っていいとも!』という番組が始まると知った時、私はその時思わず、聞こえなかった耳が回復し、今では聞こえるようになりました。新垣さんとの一度壊れた友情も復活し、今では2人で元気に作曲活動に勤しんでおります。ですからタモリさんも、なんの心配もすることなく、二流とも三流ともつかない芸人しか出ないと言われている『タモリ倶楽部』に全精力を注いで、頑張っていただきたい!

2014年3月31日 『A女E女』復活を望む会会長・イジリー北野

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